「っちょ、リリア!」

彼女の部屋のドアを勢い良く開けるとリリアはにっこりと笑って言った。

「ハイ、何かしらクロウ」

「何かしらじゃないよもー何考えてんのあのトイレ! 何考えてんの!」

トイレ、と呟いて目線を上に遣り、何か考え込む素振りを見せたリリアは ああ芳香剤を変えたことかしら、とこちらに目線を戻した。

「そうだよ芳香剤。何でラベンダーなのラベンダーってもう最悪」

「あら、トイレの芳香剤といえばラベンダーは定番でしょう?
・・・・それよりも、クロウ? 今あなたが大声を上げて部屋に入って来た 拍子にちいさな気分転換として取り組んでいたトランプタワーが崩れ てしまったの。ええ別にあなたのせいとは言わないわ言わないわよ。でも あと一つで自己記録を更新できたところだったのに残念だわとっても。 少なからず同情してもらえるかしら、ねえクロウ。いやだ私別に怒ってる わけじゃないのよだってただの気分転換だものここ数日ずっと仕事詰め だった私のささやかな気分転換。・・・・ねえ、何か言ったらどうかしら?」

リリアの手元で崩れ、重なったトランプから目を外せない上げれない。 俺はどうしてさっきの彼女の笑顔に危機感を覚えなかったんだろう!  今の彼女を見るなと本能が告げている。俺はそのまま後ずさり、部屋の 境界ぎりぎりのところまで下がって頭を下げた。土下座スタイルだ。

「あの、申し訳ありません、でした」

「やだわ私怒ってないって言ってるのに。顔を上げなさい、クロウ?」

下手に逆らうと更に恐ろしいことが待っているので恐る恐る顔を上げる。 リリアはにっこりと笑っていた。やっぱ怒ってんじゃねぇか!
そのままごすっと頭を下げる。

「人の話は目を見て聞くものよ? ・・・・・まあ良いでしょう。
私、今ぽろっと思い出したことがあるんだけど聞きたい? 聞かないって 言っても聞かせるから返事はいらないわ黙ってなさい。もう十ヶ月前に なるのかしら、あなたが大怪我をしたあの遺跡、あなたがそこに潜った すぐ後に、日本の高校生があなたに会いに来たわよ。まあタイミングの 悪い子達ねぇって思いながら帰したんだけど、どんな子か聞きたい?  耳から手を外しなさいクロウ。一人は現地の男の子。もう一人は元気が 良い女の子。最後の一人は、離れた場所に立っていたわ。くるくる頭で 乾いた目をした男の子だった。すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね」

そこで話が途切れたので、もう一度リリアを見上げる。同じにっこりでも いくらかすっきりした笑顔になっていた。有能な彼女がそんなことを伝え 忘れるわけがないからいつか俺にダメージを与えるときのためにとって おいたんだろう。そしてそれが今だ。なんて彼女だ。恐ろしい。
目論見どおり大ダメージだ。十ヶ月。十ヶ月かかったんだ、ラベンダーの においでも嗅がなきゃ思い出さなくなるまで。大打撃だ。人はこんなに 鮮明な記憶を持っていられるのか。昨日のことのように、いや、今ここに あいつがいる気すら。
バカヤロウあいつ、何でこんなとこ来たんだ。親友でも、ないくせに。


忘れようとしてきたんです。
思い出すともう駄目なんです。
謹慎中なのに飛び出したくなるんです。