眠れない。あれほど傷つき傷つけ合った体は確かに休息を求めているはず なのに、眠れない。代わりに、隣の部屋の物音にじっと耳を澄ませている。 パタンとドアが閉まってからしばらくしていなかった物音は今、最も活発だ。 きっと、出発の準備をしている。誰にも告げずに出て行くつもりなんだろう、 奴は《宝探し屋》だから。奪うだけ奪って、騒ぐだけ騒いで、そんなことをして ひっそりと、何事もなかったかのように旅立って行くのだ。ここにはもう用は ないと、そう宣告するかのように。
活発だった物音が、ふ、と終わった。あいつは何を持って行くだろう。部屋に 私物はほとんどなかったはずだ。ただ、あいつを慕う奴らがよこしたものや、 武器の類で散乱していた。こんなに無防備に散らかしといて、クラスの奴が 急に来たりしたらどうするんだと呆れたこともあったか。そう遠くないはずの 日常を、やけに懐かしく思う。お前は全て、置いて行くんだろう。立ち上がる 気配がして、窓を開ける音がした。最後だけでも、まっとうにドアをくぐったら どうなんだ、あの馬鹿は。
軽い、荷物を落とした音に続いて、重く、硬質な音がした。
ややあって刻まれ始めた足音は、着実に遠ざかって行く。一部始終を隣の 部屋で聞いていながら、最後になるはずだったあの瞬間に見せた、全てを 削ぎ落としたような表情を、もしまた見せられたらと思うと、ドアを叩いて声を かける、そんなことも出来なかった。思えば俺は常に逃げてきた。最初から 最後まで。正面から向き合ってきたあいつを、一度も見返すことなく。そして もう、あいつが俺と向かい合うことはない。一生。


止める役目は果たせなかった
留める権利は捨ててしまった。