コートトマト
きんいろきんいろ


「あ」

「お」

カツン、と足が止まって、目の前にきんいろ。自分のものとは僅かに 毛色の違うきんいろに目を細めた。
顔見知りの店から安く買い込んだ食材で膨らんだ紙袋を持ち直す。 赤いコートを見て、形が悪いからと安く売られたトマトを思い出した。 同時に、形は悪くても甘くて美味しいよ、威勢の良い声も。

「アルフォンスは?」

「今日は別行動。そっちは休み?」

「の、予定」

いつ呼び出されるか、そう苦笑するときんいろが揺れた。太陽よりも 傲慢で強い小さな光。

「そうだ大将、メシすませた?」

「・・・・あー・・・・」

途端に目を泳がせて黙りこむ姿に苦笑する。食事も忘れて本屋に 篭っていたんだろう。本を抱えていないのは、買う必要がないくらい 頭の中で考えを纏めたからなんだろうなと思った。
俺みたいな頭の悪い軍人には到底まねの出来ない芸当だ。

「俺はまだなんだ。一人で食うのもアレだし、付き合ってくんねえ?」

「うーん、どうすっかなー」

「約束とか待ち合わせとかある?」

「大佐じゃあるまいし」

「だよなぁ」

弟との、って意味だったんだけど。一見爽やかな笑みを絶やさない 上司を思い出して二人でひとしきり笑った後、小さなきんいろはまた 考え込み始めた。これはつまり遠慮されているんだろうか。こちらの 立場で言わせてもらえば、もっと寄りかかってくれていいし、大いに 使ってくれて構わないんだけど。そりゃあ懐具合は完全に負けてる だろうけど、大人の包容力なめんな、って感じか。こいつらが何回も 関わり合う大人なんか限られてくるだろうから、そうやって少しでも 甘えさせておきたい。だってこいつらまだ十五と十四だ。

「うん、じゃあ付き合ってやる」

「どうも」

自分の中で折り合いを付けたらしい子供に、ついてきなと手を招き、 家までの道を歩く。こっちの方は来たことがないみたいで、あたりを キョロキョロしながらついてくる。
こんな街くらい歩き潰してるんじゃ、と思ったけど、案外、本屋とか 宿町とか図書館とか司令部とかそういう自分たちの目的に関係ある ところ以外はあんまり見てないのかもしれない。脇目も振らずただ 前を目指すのは若さの特権だ。
安定しない紙袋を何度も抱え直しながら、重いブーツの足音を聞く。 古い石畳にその音は良く響いた。

古いアパートにたどり着き、紙袋をどうにか片手で安定させて、鍵を 探る。後ろからの戸惑った気配を無視して鍵を回すと、どこか焦った ような声が飛んだ。

「店じゃねぇの?」

「言ってなかったっけ?」

しれっと答えてドアを開ける。店じゃないのだとわかった途端に腰が 引けた小さな子の背を、空いた手でぽんぽんと叩いて招き入れた。 オジャマシマスと、ぎこちなく小さく呟く姿が新鮮で、気づかれない ようにこっそり笑った。慣れていない場所でも、物怖じせずに堂々と 入って行く、そんな子供だと思っていた。
ようやく置くことのできた袋から中身を順々に出していく。赤、黄、 緑、色とりどりの野菜と肉と果物、エトセトラ。さぁて何を作ろうかと 考えながら、とりあえずと湯を沸かす。
座らされた椅子から落ち着きなくこっちを見ているきんいろの目。

「なぁ、マジで少尉がメシつくんの?」

「味の保証はする」

そうじゃなくってさ、と言いかけて止まる。そうそう、子供らしくない 遠慮なんか、しなくて良い。こんな天気の良い日くらい、休んだって 良いだろう?
形の悪い、真っ赤なトマトを洗って投げ渡した。食いもん放るなよと 言いながら危なげなく受け取ったそれに歯を立てる。ぐじゅり。


赤い口で笑う
きんいろ、2つ。