にいさん、にいさん

小さい頃の話。
まだ兄さんと僕との身長差があまりなくて、僕らは錬金術を 理解できていなくて、母さんは笑顔で温かくて、ウィンリィと ばっちゃんは明るくて楽しくて。
丘を目指す僕らの靴が柔らかかった頃。母さんが洗う白い服に 包まれていた頃。

唐突に駆け出す兄さんの後を僕は追いかけて行く。いつも 何も言わず走る兄さんは、時々ちらりとだけ僕を確かめて どんどん進む。どこまで行くんだろう、そんな不安はなくて、 兄さんとならどこまでだって行ける気がしていた。
兄さんが唐突に速度を落とした。僕も慌てて足を止めようと もがく。勢い余って前のめって兄さんの首に頭をぶつけて、 兄さんはようやくちゃんと僕を振り向いて言う。大丈夫か。 僕は笑顔で大丈夫だよと答える。

たどり着いた場所は何の変哲もない場所で、でも今までに 来たことがない場所で。僕らと大切な人たちが暮らす小さな 村が見渡せる場所だった。
小さな村は沈みかけの太陽に照らされてきらきらしていた。
昨日は雨で暗くて、光っているのは雷だけだったのに。
兄さん、きれいだね。呟く僕の声を兄さんはしっかりと聞き 取って答えてくれた。その声は小さすぎて僕には聞き取る ことができなかった。


司令部に向かう途中、本屋に寄り道をした。その結果通る ことになった長い階段に、兄さんは文句を言っている。この まま続けておくとこの階段がとても芸術的なものになりそう だったので、少し緊張しながらなだめてどうにかあと数段の ところまでやって来た。終わりが見えてくると兄さんはさっき までの足取りを忘れたように軽やかに段を抜かして、一番 上まで飛んでいった。
兄さんと別行動をしたときに、この階段を使ったことがある 僕は知っている。この階段は司令部から少し離れた高台へ 続いていて、そこから見える景色はとても綺麗だと。
早く来いよと興奮した声で呼んでいる兄さんの横に立って、 あの日と同じことを言ってみようか。母さんもウィンリィも  ばっちゃんもいないけれど、確かに増えた大切な人たちが 守るこの景色を見下ろして。

ねぇ兄さん、きれいだね。

頷く僕の兄さんは、太陽よりもきらきらと輝いて見えた。