食べたくない、不意に口をついた言葉に驚いたのは長次ではなく 私のほうだった。好きなものはもちろん、嫌いなものまで 人並み以上に欲する身体をしている私が。食べたくないと!
長次は少し目を瞠り、そのことで皮膚が攣れたのかわずかに 顔をしかめたのち本当にいいのかと念を押して、私が頷くのを 見るとそうかと呟いてひとりで食堂に向かった。部屋に残った 私はひとり寝転がりながら、食べなくては生きてゆけないとは わかっているのに、それでもどうして食べることがこれほどに 気持ち悪く思えてしまうのだろうと、またどうして突然そんな 心持になったのだろうと自問自答を始めた。

食事を受け付けなくなってから暫くはむしろ調子が良かった。 身体は軽く、いつもよりも高く跳び、速く駆けることができた。 だから私は錯覚したのだ、あるいはこのまま食事をしなくとも 私は生きられるのではないかと。愚かなり、七松小平太。

ある日、走っている途中がくりと膝が抜けた。何が起きたのか 私にはわからなかったが、それ以上に困惑したのは私の後を 走っていた後輩たちだろう。どうしたんですか大丈夫ですか、 急に止まらないでください何か思いついたんですか、口々に そんなことを言った後に、先輩?と不安そうな声を重ねた。
私が動けないと見るや滝が私を背中に乗せて、三之助がその 脇を固めた。たくましくなったなぁ日ごろの鍛錬の成果だなと 喜ばしく思ったけれど、それだけではないとすぐに気づいた。 私が軽くなったのだ。

薬くさい医務室に寝かされ、弛緩した四肢を思う。こんな体に なってもなお、私は。
からりと戸が開いた。あぁ、長次だ。長次も鍛錬をしていたの だろうか。土と汗のにおいがした。なにか食べるかと長次が 尋ねるけれど、依然、食べることへの嫌悪感が拭えないので 首を振った。皮も脂肪も筋も臓物も葉も実も豆も、およそ口に するものすべて、どれをとっても吐き気がする。なぁ、長次よ。 こんな私を笑ってくれ。長次、ちょうじ、「ちょうじ、」
あぁ、今の私はどれだけ情けない顔をしているのだろうか!
「たべたい」
食いしばった歯から漏らした呻きに、長次はひとつ、わかったと頷いた。



ままならないなぁ