僕たちは、とても他愛ない話をしていた。それだけだった。
ふと、君の瞳が僕を突き抜けて、空を渡り、花を咲かせた木の枝に
止まった鶯を、捉えた。それだけなのに。僕は泣いてしまった。
こんなこと、今まで、君の前でしたこと、なかったのに。
ずっと君を適当にあしらって、適当に怒って、たまには適当にかまって
あげて、一緒に遊び、学び、競争し。
そうやって、ずっと、僕たちはうまくやってきたのに。
僕の頬を包む三郎の手はあたたかい。

「雷蔵、どうしたの」

僕を覗きこむ彼の背は、実は僕より五分ほど高い。
この前の長期休みのときは、僕の方が一寸高かった。
この夏ごろには、また僕が彼を抜き返しているのかもしれない。

「どこか、痛いかい」

僕は首を横に振る。痛くはない。ただとても悲しい。

「三郎、君の、」
「――私の?」
「君の言うことの、半分でも、本当であったらよいのに」
「私が、何か君に嘘を吐いたか」
何も吐いていないよ、雷蔵。
ああ、君の言うことの。

君には、悪気はないって分かってる。そうだとしたら、面白いだろう、
そうだったら、楽しいだろう、君はそうして、何でも軽く、冗談交じりで
口にする。大げさで、滑稽で、言った本人は、それから数刻後、夕食時には
ほとんど忘れてしまう。聞かれて思いだし、ああ、忘れてなんかいないよ、
と隅っこに追いやったものを探し出し、埃をさっと払い、また口にする。
そんな君の、言うことの。

ずっと一緒だよと、言われた気がした。口にしたなら、
それは君がそれを忘れてしまう、その証に思えた。

分かっている。
僕がいるところに、いつも君がいるわけ、ないじゃないか。
そんなこと、別の人間であるかぎり、ありえない。

僕を慰める君は、僕のことだけその瞳に映しているだろうか。問えば
きっと君は頷くだろう。それは真実でない証。

君は今同時に、散る桜の、
 花びらの動きを観察し、
  鶯の首の傾げかたを観察し、
   その恋の歌に注意深く聞きいっていもする。
きみの生涯かけてのいちばんは、妖者(ばけもの)の術だから。
その身を何かにすっかり書き換えて、置き換えて、しまうことだから。

僕たちはみな技を究める職人だ。そのなかでも君はより職人らしい。
そうして誰より、好奇心が強くって、
何にでも、術の向上の糧を見出して。
くるくると、好きなものと嫌いなものが入れ替わる。
三郎。僕を大好きだという君は。

いつか僕への興味を失くすだろう。

その日にこそお前は、実に真摯な声音と瞳で、僕に、愛していると、
言うのだろう。
その日が来るのは、何年先か、卒業の日の前日か、それとも明日か。
僕はその日が来るのがとても怖い。とても、悲しい。
胸が焼けるように、痛み、きしむ。
それでも僕は、君の隣を、明け渡したくない。

君のあたたかい手を、離したくない。




君のことなら
よく知っているんだ