むこうのけむりのむこうがわ


ジジ、と焦げる音がした。
発生源を探して首を巡らせたら、後ろの方、冷たい壁に寄りかかって白い煙を吐いてる少尉がいた。ぼんやりとそれを見送って、ふと思いつき気配を殺す。兎をとった時を思い出して、そう、静かに。ゆっくりと左足を浮かせる。地面に つける。右足を浮かせる。ギシ、と嫌な音がした。
少尉が何気なさを装った動作で、こっちに顔を向けた。あーあ。そんなやる気なさそうな顔したって、目に力が入ってたよ、少尉。
抜き足差し足で右足を浮かせたままの俺を見て、少尉が笑った。

「なーにしてんだ、大将?」

「・・・・べっつにぃ」

くそぉ、絶対気付かれてなかったのに。軋んだ音を立てる左足が恨めしくて、ぽかりと右手で叩いた。そう、心情的にはぽかり、だったのに、実際には金属同士がぶつかって結構重い音になった。少尉が怪訝な表情をして歩いてくる。意味もなく逃亡準備とかしてやろうかと思ったけど、火の点いた煙草を見たのなんて久しぶりだったから、やめた。

「煙草って何か良いことあんの?」

赤く灰になっていく煙草の先を見ていたら、ふと聞きたくなった。煙草なんて、 基本的に百害あって一利なしだ。ニコチンは頭の回転を良くするけど、しばらく 吸い続けていればニコチンなしじゃ頭が回らなくなって、禁断症状が出てくる。 匂いつくし、ゴミになるし、金かかるし、体に悪いし。何が良くて吸ってんの?

「良いことはねぇなぁ」

「ねぇの?」

「ねぇの」

「じゃ、何で吸ってんの」

聞き直したら、少尉は頭を抱えた。上体を折って両腕で頭を押さえてるのに、それでも俺より高い身長がむかつく。押さえ込んでやろうかと手を伸ばしたら 起き上がったから、俺の両手は行き場を失った。どうしろと。

「理由は、まぁ、特にないんですけども」

「ねぇの?」

「ねぇんだよ、これが」

真面目な顔をして答える少尉が可笑しかったけれど、ここで笑ったら負けだと思って、対抗するように真顔を作った。

「いつの間にか、止められなくなってんだよな」

そう言って少尉が笑ったから、俺も笑った。にやにや、にやにや。お互いに。
まあ、きっかけは近所の悪い大人に勧められたからなんだけど。そう付け足す少尉の目が灰皿を探すから、右手を差し出したら怒られた。ばか、とさっきより うんと真面目な顔で言った少尉は、ああ確かに大人だなぁと思った。


ぼやけた境界はそれでも深くて厚くて広い