みえるものみえないもの


「あ、魚」
「どこかな?」
「そこの岩の陰に・・・・」
「・・・・見えないなぁ。まだはっきりと見える?」
「はい」
「じゃあそれは、君の世界のものなんだろう」

彼とは、そんなやり取りをよくした。反対に、彼に見えるものが僕に見えないという ことも多かった。きっと僕らが共有する世界は、ひどく狭い。
君の世界。妖怪を見る僕が見るものを、彼はそう表現する。少し大げさな物言いは 彼にとっては当たり前のものらしく、僕もそのうち気にしなくなった。そういう表現に 慣れられるほど、僕たちは連れ立って歩いた。

「おや、いい枝ぶりだ」
「どの木ですか?」
「右から二番目のあの木だよ」
「枝の様子が見えないんですけど」
「君の世界ではどう見えてる?」
「盛大に葉をつけてますね」
「僕の世界ではあれは枯れ木だ。ふうん、葉をつけた姿も見たかった」

同じ木を見ていても、見える世界は違うのか。田沼とも似たような会話をしたな、と 思い出しながら、ただじっと一本の木を二人で眺めていた。


「夏目、」

呼びかける声に振り向くと、名取さんがいつもの近寄りたくない何かをまとって手を 振っていた。少し前から様子を見ていたんだけどね、言いながら近寄って僕の隣、 彼とは反対側に並んだ。名取さんに彼を紹介してみようか。友人です、と。

「あの、」

「いつから独り言が趣味になったんだい?」

「・・・・・・え、」

独り言。どうして、そんな。まるで、子供の頃のような。だって彼には僕の見ている ものが見えなくて。それは、他の、普通の人と同じで。どうして名取さん、あなたが そんなことを。たとえ彼が人でなかったとしても、あなたには、僕と同じ世界を持つ あなたには、彼が見えているはずでしょう。名取さん、どうして、そんな、ことを。


「ねえ夏目。君は一体、誰と話していたんだい?」


誰とも共有できないとしたら