ああ、ハチが来たのか、ぼんやりと、たゆたう。
ここにある、開いた戸、射す光、古い床板、隣の懐かしい友人、それと 同じように、重ねたように、あの雨の日が、ずっと見えていて。
真っ暗い中でも、闇に慣れた両の目は、たやすく、世界を映していた。 足を射られて動けなくなった私など捨てて行けばよかったのに、雷蔵は 馬鹿だ。そして、こいつも。
嗚呼、馬鹿だねぇハチ、八左、八左ヱ門。
おまえのよこすものに、毒など入っているわけがないのに。
たとい入っていたとしても、おまえがそれをよこすなら、致死量の毒が 含まれている握り飯でも食べるだろうさ。いっそ入っていたらよかった。
馬鹿だねぇ、ハチ。
赤い、闇夜の中でもなお赤い血、雨に打たれて止まらない、さらさらと、 打ち捨てられて、白々とした朝にひとり回収された私のいのちなんて、 ここにはとうにないのに。そんなものでもおまえはすくおうとするの。
馬鹿だねぇ、おまえが泣いてどうするんだ。
むかしっから、わかってはいたことだけれど、こいつは本当とんでもなく ひどく優しい、たちの悪い人間だ。
嗚呼どうしてくれる、すっかり目が覚めてしまった。