いつものように部屋に呼ばれて、いつものように部屋に行き、いつもの ように先輩が笑って手を伸べるその寸前、俺は口を開いた。だってこの 腕に少しでも触れてしまえば、もうわけがわからなくなって、こんなこと 言い出せやしなくなるから。
好きな人が。言わなければと気負ったのがそのまんま声に出たのか、 少し裏返った。ひとつ息を吸って、今度は落ち着いて、告げた。
好きな人が、できたんです。だからもう、先輩とは。
目を伏せてしまいたいのをぐっとこらえて、先輩の目を見続けた。好きも 嫌いもわからぬうちに押さえ込まれて、流されるままにずるずる続いた 関係に別れを告げようとする俺を、先輩がどんな目で見るのか。
先輩は目をきゅうと細めて、誰、と聞いた。その、静かな様が、とても、 おそろしい。俺が彼の人の名を告げたなら、この人はぎらぎらした目で 彼の人を壊しに行くのじゃないか。そうなってしまえば、ああ、きっと、 彼の人でも敵わない。人間は獣には勝てない。でも、・・・・ねえ、先輩、 そんなに、都合のいい玩具が手元を離れるのがお嫌ですか。恋仲でも あるまいし、先輩に縛られる謂れは、ない。ああそれにしても本当に、 この関係はなんだったのだろう。そんなことを思いながらも、カタカタと 震える指先を止められない。これでまだ、本気ではないのだ。これが、 この何十倍もの気迫が、彼の人に向けられるのだ。心の中で繰り返し ごめんなさいを唱えて、彼の人の名を、口に、出してしまった。
は、ちや、せんぱ、い。その名を伝えた途端、圧迫感がふわりと消え、 驚いた俺は気づかず伏せていた顔を恐る恐る上げた。そこにあるのは 恐ろしさを秘めたものではなく、ただ純粋な、晴れやかな、俺の好きな 笑顔だった。なんで、どうして。
なんだ、それならそうと早く言えば良かったのに!
え、と尋ねる間もなく先輩は呆然とする俺に笑いかけ、続ける。



あれは私のだからな!


ああそんな、そんなことって、