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闇の中をひとり、雷蔵は歩いていました。己の手すら見えない闇の中で 不思議と道は見えているようで、それを不思議にも思わずすたすたと、 雷蔵は歩いていました。 道の途中、ぼんやりと光るものがありました。とはいえこの深い闇では ぼんやりと言っても随分とまぶしく感じられ、雷蔵は、大きな目を手で 覆うようにして光るものに近づきました。 光るものはくすんくすんと泣いていました。どうしたのと声をかければ、 この目は小さすぎて仲間を追いきれないのだと泣いていました。僕が 見ていたいのにと泣く姿は、何かに似ていました。光るものに、雷蔵は 軽い調子で言いました。ならば僕の目をあげようか、人よりはいくらか 大きいみたいだし、どうせこの闇の中じゃあ何も見えやしないもの。 光るものに目が慣れてしまったのでしょうか、いいえぶちりと千切って 目をあげてしまったからでしょう、さらに深くなった闇の中を、迷いない 足取りで雷蔵は歩いていました。 道の途中、雷蔵は何かに蹴躓きました。おおびっくりした、こんな何も ないところに何かあるとは思わなかった、そんなことを言いながら立ち 上がってそのまま進もうとすると、躓いた辺りから泣き声がしました。 雷蔵は光るものにしたときと同じように声をかけ、躓いたものは自分の 髪が嫌いだと嘆きました。堅くてまっすぐなこの髪は、綺麗だ綺麗だと もてはやされるばかりで、誰も撫でてはくれないのだと。そんなふうに ふわふわとまとまりのない髪ならば、きっと撫でてくれたろうにと。 躓いたものに、雷蔵は軽い調子で言いました。ならばこの髪をあなたに あげましょう、見た目ほどふわふわしていないし、雨の日は普段以上に まとまらなくて苛々しますが、そんな髪であなたが満足するのなら。 目、髪、鼻、腕、脚、胃、手、口と、挙げるのも馬鹿馬鹿しくなるほどに 自分を切り売りしまくってきた雷蔵は、ふと歩みを止めました。しっかり 覚えているわけじゃないし闇の中だから確認も出来ないけれど、これで 僕は全部なくなってしまっただろう、けれども歩いている感じはするし、 こうして考えてもいるし、さて、僕には何が残っているのかしら。 ううんううんと悩んでいると、ぬっと顔が現れました。わあ、声を上げて 仰け反った雷蔵を追うように、顔から下もぬるぬると出てきます。ぽんと 音を立てて闇から独立した顔は、やあ雷蔵と手を上げました。三郎お前 どうしてこんなところにいるのと雷蔵が問えば、不破雷蔵あるところに 鉢屋三郎ありさとどうでもよさそうに答えました。君ってやつは本当に 馬鹿だなあと、顔は続けて言いました。むっとした雷蔵が反論しようと すると、さっきまで出ていた声が出ません。表情も作れません。足元も 覚束ない様子です。するすると、まるで顔が出て来た映像の逆再生の ように、雷蔵は呑まれていきます。 雷蔵がすっかり消えてしまった闇の中、顔はつまらなさそうにぽつんと 言いました。お前には僕しか残っていないよ、と。 |