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おとなりさんの長次はいっぱいの本をもっていて、なんだかうねうねと したガイコクのことばがならぶその本をてきとうにえらんで、よんで、と いうとわたしをひざにすわらせて、ひくい声でゆっくりとよんでくれる。 それはわたしにもわかるようなことばでよまれることもあったし、もう さっぱりいみのわからないおとでよまれることもあった。ふしぎなことに これならわたしにもよめそうだとえらんだ本でもわけのわからない音で よまれたり、ぎゃくにこのじは絵のようでおもしろいなとえらんだ本が ふだんしゃべってるのとおなじようなことばでよまれたりした。 本をめくるゆびはかさかさで、ときどきめくりづらそうにしているので、 そのときはわたしがかわりにめくってやることにしている。そうすると あたまをなでてくれるのだが、うれしいんだけれど、かさかさしている ものだから、ひっかかってちょっといたい。あと、長次のゆびはへんな ところがかたくなっているから、おもしろくてときどきさわっている。 ひざのうえで長次のこえをきいていると、いつもいつのまにかねむって しまう。そうしてねむっているあいだは、うみのゆめをみる。ざざぁん、 ざざぁん、となみがあって、まえにつれていってもらったうみははれて いたのに、ゆめのうみはいつもくもっている。わたしはうきわももたず いるかにものらず、うみのうえにぽっかりうかんでぷかぷかとゆれる。 そのうち、とぷん、としずかにしずんで、そうしてめがさめる。 長次はまだ本をよんでくれている。ざざぁん、ざざぁん。 |